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みなさま、ありがとうございました。
まずは、お時間を割いてわざわざこの展覧会へご来場戴いたみなさま。そしてギャラリーを提供して頂いたたかまつギャラリーの石川ご夫妻をはじめ展覧会開催に際してご協力、ご尽力いただいた全てのみなさまへこの場を借りて、お礼と感謝の意をお伝えしたいと思います。
しかしながら、本音をいうと、当初私自身は地元静岡・磐田市ではなく東京都内での展覧会開催を考えていた。彼の経歴(バックボーン)を知らない人向けに、いわば、他流試合の意味を含めて遺作展を開催したほうが良いのではないだろうか?と考えていた。
縁もゆかりも無いところで彼の作品を客観的に評価してもらいたかったのだ。(その想いは今も変わりないのではあるが)
銀座でも青山でも赤坂でも乃木坂でも良い。若い人ターゲットに渋谷や代官山や下北沢。学生の多い神田、御茶ノ水や神保町、練馬あたりどこでも良い。それぞれ具体的なあてはなかったが、やる気になればそのどこでも展覧会を開催することができただろうし、これから将来も開催することはできる気がしている。
が、しかし、今回彼の地元で展覧会を開催することで後藤修司氏の人としての歴史(=人生)を知る人達に観て頂くことが出来た。そして、私自身も僅かではあるが、それらの人々をめぐり合うことが出来、在りし日の彼の佇まいの断片をうかがい知ることが出来た。これは貴重な体験であり、たいへん有意義なことであった。
搬出の日である展覧会の最終日は終了時刻を通常の午後9時よりも早く午後3時としていた。それに併せて我々スタッフは午後2時半にギャラリーへ搬出の為に集合した。私にとっては実に1ヶ月振りのギャラリーである。
まずは、持ち込んだビデオカメラとカメラを三脚にセットしてギャラリーを含めて雰囲気を記録した。そして、今度はスタッフ一同記念写真撮影。
そして、いよいよ搬出である。
搬出は搬入のそれよりもはるかにシンプルである。天井からワイヤーで吊り下げられているピクチャーハンガーから額を外して、ガラス面を併せて二枚ずつペアにして、四隅をカバーする保護材(画用紙で出来た簡単なもの)といっしょに紐で縛りこのセットを複数作る。今回展示した作品は13点と奇数枚となるのでアトリエ(というか自宅)から余分に同サイズの額を持ち込んで対にして梱包を行った。
展示していた作品と額は、物置と化しているかつての私の部屋へ保管されている。日光と埃対策の為に大判の布を探したが適当なものが見つからなかった為にシーツで代用。ガラス面保護の為に二枚ずつ面合わせでセットアップした額の裏には題箋と写真をつけて整理しておいた。
現在、仮の仏壇が飾られている後藤修司氏の書斎兼アトリエを早く整理したいところだ。併せて、山積みになっている作品の発掘とその整理へも着手したい。それはきっと、発掘作業のような手探り状態となることだろう。個人的には膨大な彼の作品中で最も味わい深いと思っている水彩画作品の整理をしたいと思っている。
【Special Thanks】(思いつくまま追記していきます)
・ギャラリーたかまつ
・磐田美術協会
・磐田文化協会
・アオシマ画材店
・いわたコピーセンター
・磐田市 秘書広報課
#初の公式画集(作品集)が完成そして販売中 #作者(後藤修司)略歴
只今、ゆうパック(宅急便)で東京から静岡へ向けて移動中です。目的地は、展覧会の会場である『たかまつギャラリー』。最近は荷物の場所や到着状況は、ネットで確認できるのでチェックしてみると、昨晩は、『神田西→新東京』という状況だったものが『浜松西』まで移動しており、更に先ほど確認したところ『磐田』まで届いていました。本日1/24(土)到着予定です。週末に間に合いそうで良かった。
磐田の郵便局(本局)は、たかまつさんと直線距離で800m位かな?(実距離と配達スケジュールは直接関係はありませんが、ホントにすぐ傍に届いている安心感があります)余談ではありますが、磐田郵便局の前のお店はかつて、私が高校生だった頃は、かき氷やお好み焼きなど部活後に学生の集まるお店でした。たい焼きや今川焼きなんかもあったのかな?私自身も学生時代、部活のあとなどに時々お店に溜まってお小遣いでジャンクフードを買って食べた記憶があります。お店の名前は自信はありませんが、確か「すみれ」だったかな?(ご存知のかたは正しいお店のお名前教えて下さい)
先日、前を通ったら違うお店になっていて残念でした。かき氷のメニューにはクリームイチゴみたいなクリーム系(*)のメニューがあって、それが珍しくておいしかった記憶があります。(プレーンなシロップよりもややお値段が高くて(といっても50円位ですが)高校生だった私にとってはちょっぴり贅沢なメニューでした。
(*注:練乳とはまた一味違う乳系のシロップだったような気がします)
■ゆうパック(以下、荷物追跡サイトより転載)
ゆうパック等検索結果 詳細
|
検索した番号は209402319140
(ゆうパック)です |
状態 | 詳細 | 取扱店名 | 県名等 | |
---|---|---|---|---|
郵便番号 | ||||
1月23日 16:00 |
引受 | 東京都 | ||
101-8799 | ||||
1月23日 17:59 |
通過 | 東京都 | ||
137-8799 | ||||
1月24日 1:10 |
通過 | 静岡県 | ||
432-8799 | ||||
1月24日 6:56 |
到着 | 配達予定日:1月24日 | 静岡県 | |
438-8799 |
↓以下のとおり、無事に到着した様子です♪ (1月24日12:37追記)
状態 | 詳細 | 取扱店名 | 県名等 | |
---|---|---|---|---|
郵便番号 | ||||
1月23日 16:00 |
引受 | 東京都 | ||
101-8799 | ||||
1月23日 17:59 |
通過 | 東京都 | ||
137-8799 | ||||
1月24日 1:10 |
通過 | 静岡県 | ||
432-8799 | ||||
1月24日 6:56 |
到着 | 静岡県 | ||
438-8799 | ||||
1月24日 12:33 |
お届け先にお届け済み | 静岡県 | ||
438-8799 |
展覧会開催から約2週間。ほぼ開期の半分が過ぎてしまったわけだが、私の住まいが関東にあるために殆ど会場へ赴くことができていない。そんな状況ながらギャラリーのお二人のお力添えのおかげで、なんとか遺作展が運営できている訳である。
それだけの理由だけではないのですが、展覧会へいらしていただいたみなさまには、帰りに何かお酒でもおつまみでも買って帰って頂けるとありがたいです。ワインのアドバイスも素晴らしく、オリジナルの日本酒などもありますよ。
『店頭で販売している故・後藤修司氏の画集(作品集)の在庫がなくなり見本誌のみとなってしまった』旨の連絡がそんなギャラリーの石川さんから入ったので、増刷の発注をかけた。(実は年明け早々に完成した画集をこっそりと店頭販売しているのだ)
来週末には追加校正をしたものが完成して東京から直接ギャラリー宛に発送される予定です。そういえば、画集の正式なご案内ができていないのでこちらも近いうちにしなくては!と思っています。
#後藤修司 遺作展Ⅰ『風と光~彼の愛した故郷:磐田の景色』開催中(~2009年1月31日迄)
遺作展へ美しいお花をたくさん頂戴しました。ありがとうございました。頂戴したお花達は会場へ飾らせて頂いておりますので、ご来場のみなさまも楽しんで下さいね。
お花は頂戴出来ただけでも有難いのにそれらの中には手作りのフラワーアレンジメントという、これまた我々には勿体ないような貴重なものもございまして、本当に何とも感激しております。凄く嬉しかったです。(今回の展覧会はモノクロの作品ばかりでやや控えめな印象でしたので、頂戴したお花のおかげで会場へも華やかさや彩りが添えられて素敵な空間となりました。)
岩崎様より↓
みなさんのお心遣いへ心から感謝しております。故・後藤修司に代わりまして、この場を借りてお礼を言わせて頂きます。
会場へいらっしゃれないかたもいらっしゃいますので、お花を写真として記録させていただきます。(お名前を公開せて頂くのは少々迷いましたが、嬉しいことですので苗字のみ公開させて頂きますことをご容赦下さい)
重松様より↓
素敵な手作りアレンジメントフラワーをありがとうございました。
個展開催は今回が初めてなんて不思議な感じがしますが、作品を人に見て
貰うのが嬉しいくせに素直にそう言えない修司氏だったからきっと、本当にこれが初めての個展なんだろうと思います。生前にご縁のあったみなさんが足を運んで下さっていますよ。そして一週間後には完成した画集をこちらへも置かせてもらう予定です。
水谷様より↓
地元の卓球クラブでご一緒だったとのこと。
北京オリンピック代表でご活躍されました息子さんのオリンピック出発前の壮行会へ参加していた後藤修司氏がテレビニュース映像へ写りこんでおり、そのニュース映像入りDVDもお花といっしょに頂戴しました。壮行会が実施されたのは、他界する2日前だったそうですが元気な修司氏が拍手をしている姿が大写しになっておりました。(本当に急逝でした)実はニュース放送されたのが通夜の後だった為、同映像を拝見した親戚やご近所のみなさまから問い合わせが殺到していました。(『生きているの?』『亡くなったとは何かの間違い?』との問い御合わせが。本当に直前までピンピン元気だったのです)水谷選手は磐田の誇りです。大学へご進学され今後益々のご活躍をお祈りしています。
妻・香代子そして我々後藤修司の子供・孫・ファミリーより↓
お正月に磐田のお花屋さんが営業しているか?心配だったので私の今住んでいるいる街の花屋さんで購入。年末閉店間際に滑り込み破格で購入することが出来た。自動車に積んで東名を我々といっしょに移動してたどり着いた。
※「展覧会直前までバタバタと殆ど徹夜続きで仕込みに熱中していたこと」「年末年始の移動」「そして何よりも私にとって実家のある磐田がネット環境を含めてやや不便な場所=アウェイな状況であること」を理由にブログ更新が止まっていましたが、その間も記録しておきたいことや感じたことは限りなく溢れていました。
この記事を含め、今からすると過ぎてしまった過去の日付ではありますが、日付に沿ってそれらを(過去日付で)記録しておきます。(1/10)
小さな展覧会の準備は整いました。みなさんお誘いあわせのうえいらして下さいませ。ご来場をお待ちしております。
搬入とセッティングは(ご無理をお願いして)大晦日に概ね済ませておいたので、当日の朝は微調整程度でした。しかし、最終的に絵を眺めていると作品のライン:直線中心のもの、曲線中心のもの、ライティングによる微妙な表情も加味して展示場所やレイアウトを変更したくなったので、更に微調整を繰り返して開場1時間前の10時前にはセッティング完了しました。
→宮城道雄♪「春の海 / 箏の名曲」
会期中、ひとりでも多くのかたにご覧頂ければ、と思っております。(故・後藤修司氏も喜ぶことでしょう)
#ピクチャーフレーム用のワイヤーハンガーの微調整の方法は最初は苦労しました。少しでも縦横のラインが違うと調整するのに時間がかかっていましたが、後半はだんだんと慣れてきて微調整にも時間が掛からなくなりました。
・展覧会の経緯
・作者略歴
・作品一覧
・今後の予定(画集発表、遺作展Ⅱ開催)
詳細はこのブログでも御紹介する予定です。
『題箋』という呼称が正しいか否については定かではないが、展示作品のタイトル等を示すタイトルカードの制作を行った。
時節は年の瀬。私自身も帰省準備を進めながらの対応であるが、その他にも準備しなくてはいけないことも山積みでこの途方もない宿題の山に少々気が遠くなりそうであった。
帰省先の磐田は展覧会会場には物理的には近いのだが、パソコンや通信などのネット環境の設備が貧弱であるという理由で私にとってはアウェイな環境なのである。(文房具や専門店もこちらと比べるとアクセスが良くなく、営業時間短い)最初からわかっていることながら、これは遠隔地からセットアップを進めている本展覧会プロジェクトの根源的なカタルシスである。
さてさて、そのことは置いておいて、題箋(タイトルカード)の準備に話を戻そうと思う。
題箋(タイトルカード)の用紙は名刺用のカードを選択。(インクのにじみの少ない用紙を使用している様子だったのでこれをチョイスした。ヨドバシカメラで50枚で400円程度也)
プリンタで印刷時に『名刺サイズのフチなし印刷オプション』を選択して印刷した。(この「フチなし印刷」機能が帰省先のプリンタには無い為にこちらで用意する必要があった)しかし、名刺サイズでは印字面積が狭い為に印字できる情報量が限界があること、フォントサイズに大小のメリハリを効かせた変化をつけるのに制約があることなどの諸々デメリットがあったことも記録しておく。(しかし、ポストカードサイズではやや大きすぎる気もするのである)
作品点数は13点なので題箋も13枚。念の為に2セット印刷しておいた。首都高・東名高速の年末年始渋滞は必至なので今晩深夜23時~24時に出発する予定である。それまでにやるべきことの山を消化できるであろうか?
早いもので仕事納め。気付けば今年もあと数日しか残っていない。
[印刷サイズ] ポストカード
[用紙種類] マットカード220kg
[納期区分] 2日
[色、ページ] フルカラー/BK1色
[数量] 2000
2,000枚の山はなかなか壮観である。これらが札束ならいいのに。2,000枚でこの山なのだから、年末ジャンボ宝くじで当選したら一等でなくてもこんな感じで札束の山ができるのだろう。そういえば、修司氏は毎年決まって年末ジャンボ宝くじを買っていました。そして、抽選前夜までは、いろいろな夢を語っていました。
■今回の変更点
・一部の誤植の訂正
・用紙をマット紙へ変更
・部数:2,000
04 | 2025/05 | 06 |
S | M | T | W | T | F | S |
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静岡県 磐田市生まれ 1933年8月13日(昭和8年)~2008年8月1日(平成20年)享年74歳
故郷、静岡の自然をテーマに透明感と力強さを特徴とする水彩画、切り絵、彫塑作品を数多く作成した。そんな彼の情報を中心に遺族の手により、ゆったりと運営していきます。